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三箇城跡(大阪府大東市)

 三箇城跡  飯盛城の西を守る支城であったという。 湿地帯に浮かぶ三つの島を利用して築かれたらしいが、現在は湿地帯の名残はほとんどない。 築城年代や築城者は不明。 戦国時代には三箇氏が城主だった。 永禄4年に畠山高政が飯盛城の三好長慶を攻めた時に、三箇城は畠山軍が一度落城させているが、まもなく復活している。 永禄5年、城主の三箇頼照はキリスト教となり、城内に教会を建てたという。 宣教師ルイス=フロイスはローマに「教会は水に囲まれた島にある」と報告している。 本能寺の変で三箇氏が明智光秀に与して滅び、白井氏が入城したが、天正15年の秀吉によるキリスト教禁止令が出されると、城内の教会は破壊され、城も廃城した。

野崎城跡(大阪府大東市)

 野崎城跡  築城年代などの詳細な歴史は不明。 四條畷合戦(1348)の時に北朝軍の縣下野守が野崎城のある場所に陣を置き、南朝軍の楠木正行と対峙したという(『太平記』より)。 河内国守護の畠山一族の内紛の時に畠山義豊が野崎城の畠山尚順を攻めたという記録があることから、野崎城の本格的な築城は15世紀に畠山氏がしたと考えられている。 また、背後の山に築かれている飯盛城の出城の役割も果たしたとも考えられているが、野崎城についての資料が少なく、確証はない。 野崎観音からハイキング道で5分強で主郭に到達する。主郭には石碑と説明板がある。 また、主郭から南東に下った処に深さ約10㍍の堀切がある。 (主郭南東部の堀切) 堀切から更にハイキング道を登っていくと飯盛城跡にたどり着く。 (城跡からの景色)